働くことについて考えること

「受け入れられないんじゃなくて、伝える技術がないんじゃない?」。

すっかり春の日差しが心地よくなった5月のある日、
60社以上の企業を受けて全て不採用だった私に向けて語った友人の一言。
それはそれは、相当なショックなものでした。

数年前リーマンショックが起き、就職活動真っ最中だった私は
理想の就職先に「今後のご活躍をお祈りしております」と書かれた
冷淡な文章を何度も何度も受け取りました。


昔から憧れていた業界は、面接にはたどり着いたものの
数分で自分の理念や志望動機など語れるはずもなく空回りばかり。
しまいにはエントリーシートとよばれる書類の審査だけでも、
不採用の連絡がくるようになって、それが当たり前になって、しまいには感覚も麻痺して。

「社会から私は必要とされていないのではないか」。
ありがちな、負のスパイラルに陥っていたわけです。

とすると、その友人の一言「伝える技術がない」。
いらだちを覚える反面、徹底的に落ち込みました(笑)



昔から「努力すれば、実現しないことはない」と信じて疑わなかった私。

そのとき初めて「努力しても叶わないことがある」という真理に直面しました。
ある意味、22歳までは努力すればやりたいことを実現できる環境にいたのです。

社会という実体のわからない場所は、
学校教育とは異なり努力じゃ追いつかないことが沢山あるということ。

なるほど。じゃあ、やりたいことは憧れた企業の中にあるというよりも、
自分自身で選び、作り、掴んでいかなければならないな。
決心した私は、仕事を探し、上京して、紆余曲折あり今に至るわけですが・・・

結果、私の仕事に対する姿勢・スタンスはそのときに作られたのだと思います。

「やりたいことができる環境は、自ら作る」
「楽しいことをしたい」「わくわくしたい」
「それに付随する努力は惜しまない」



ずっと不思議でした。

同じ大学に入り、同じゼミに入り、楽しいことや面白いことの価値観が似た友人が
「金融系」の企業を選んだり、「事務」の仕事を志望すること。
「もっと才能あるじゃん!」と友人たちの能力を尊敬をしていた私が逆に、
それほど才能もないのに、必死で夢にしがみついているような気すらしました。

でも、自分の人生は誰かが用意してくれるわけではないし、
肩代わりをしてくれることもありません。
だからこそ、私は「やりたいことをやる」という、
非常にシンプルな答えにたどり着きました。


夢は努力をしても、叶わないかもしれない。
けれど、好きなこと、楽しいことならどれほどの苦労も厭わない。
ある意味、覚悟を決めたのです。



働くとはどういうことか。様々に答えがあると思います。

「お金を稼ぐため」「労働」「社会的貢献」・・・

どれも正しいと思います。仕事観を押し付けることは不毛です。
ただ私は、仕事を「楽しい」ものにしたい。「わくわく」しながら働きたい。
そして今、自分の環境は数年前に想像していた以上の楽しさに満ちています。

11月28日には、「SPICE UP SESSION」にて
本田直之さんが講師としてお話をしていただきます。
運営側の私も、働くとは何かを問題提起されているようで、どきどきです!


みなさまも、「自分にとって働くとはなにか?」
少し立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。

私も、仕事と遊びのカキネをなくしてみたいです。
そしてその先に見える景色を、めいいっぱい味わってみたいものです。

yumihinoue

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