僕らが旅に出る理由 004


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休みができたら南の島でボーッとするぞ!ってのが20代の頃の夢でした。ところがそれが32歳の時、突然変わったのです。ちょうど『中居正広の金曜日のスマたちへ』をチーフディレクターという立場で立ち上げて1年半たった3月でした。

通常3月は、期末期首の特別番組編成で、通常1時間の番組が2時間スペシャルになります。でもそれは人気番組が課せられる使命で、『金スマ』の前に担当していた『さんまのスーパーからくりTV』はそれこそ毎期首期末に特番が組み込まれ、ただでさえフル回転の番組なのにもう特番時期は忙しさが2倍増しになっていました。ところが『金スマ』は立ち上げて1年半で、まだそんなに視聴率も良くなく、その3月は特番がなかったのです。すると2週間くらいぽっかりスケジュールが空きました。それは入社以来初めてのことでした。休みができたら南の島でボーッとするぞ!とかねてから思っていた僕は、よしこの際ゆっくりするぞ!と好きなことだけして何もしないと決めたのです。

一人旅で鹿児島の温泉行ったり、大好きなローリングストーンズのライブを大阪まで突然思い立って車で行ったり、まあ自分なりに満喫したつもりです。そして大阪ドームでストーンズのコンサートを観て東京への帰路、真夜中に東名高速を運転している瞬間に突然頭をある思いがよぎりました。

「仕事したい」

なんか、その鹿児島の温泉でのぼーっとした時間も、かっこいいいストーンズのライブも、なんか自分の中で、たいくつに思えてしまったのでした。今まで温泉行くにも、忙しい時はその間隙を縫って、それこそ仕事と抱き合わせで、ロケの帰りの新幹線乗る前に駆け込みで温泉入ったり、ストーンズをはじめ音楽ライブに行くのも、編集抜け出してライブ観てきて、また編集戻るといったり、なんとかやりくりして観に行ってたのです。その瞬間はもっとゆっくり楽しみたいなと思っていましたが、実際ゆっくり満喫してみると、なんかその時間がたいくつに感じて仕方がなかったのです。

僕らテレビ番組制作という仕事は、すべての行いが、いつもロケハンなのです。ロケハンとは“ロケ=撮影”のための“下見=ロケーションハンティング”のことです。美味しいレストランや素晴らしい旅館があれば、今度ここを取材しよう!とか、何かやってみておもしろいスポーツやアトラクションがあれば、今度タレントロケで使おう!とか、漫画読んでも映画見ても小説読んでも、それらは全部自分の制作物にダイレクトに跳ね返ってくる、ロケハンなのです。とすると、生活にオンとオフなんてそもそもないのかもしれません。てことはずーっとオンの中で、どんだけ自分をリフレッシュして楽しむことができるか?ってことだと、その瞬間気付いたわけです。


そこから、本当に仕事が楽しくなりました。その直後、ロケで大竹しのぶさんと行ったイタリアなんて、まさにロケ撮影の間隙を縫って、ボンペイ遺跡見たり、ミラノで最後の晩餐見たりと、なんとか時間をやりくりして、体験した観光や食事はそれはもうこの上なく楽しかったです。去年、中田英寿さんの取材で行った、ブラジルW杯も最高でした!

仕事=オン、プライベート=オフ、とかではなく、すべての時間が仕事であり、また同様にプライベートであるわけです。なので、自分の中では自分が行動している今が仕事だとか、プライベートだとか分けたことがありません。というか厳密に言えば分けられないのです。映画を観に行くのは仕事だし、でも映画を心から観たいから観に行くし、休みができてどっか旅行とか行く時も、“何か人に伝えたくなる”=“今度作品になりそうな”、場所に行きますし、そこで思う存分楽しみますし、そしてそのロケハンが、実際その後に自分が作る作品に確実にフィードバックしてます。ということはそのロケハンが多くなれば多くなるほど、その後の作品に厚みが増しますし、多くなればなるほど、自分がリフレッシュしてるとも言えるわけです。あれ、こんな素晴らしいシステムないぞ!ってのが今の僕の状態です。

お前の仕事は楽しいことばかりかと言えば、それはそんなこと全くありません。基本的には年々立場にあわせてプレッシャーは上がっていると思いますし、困難も増えていると思います。例えばクライアントとかの営業回りとか、金銭的なトラブルとか、本当にうんざりすることが多いです。そもそも人付き合いが苦手な僕は特に人との交渉ごとはかなり嫌です。ところが、この思いも40歳を超えたあたりから、変わっていったのです。

40歳を超えたある日、写真家と音楽家の講演を聴きに行きました。テーマは“旅”。二人は世界中を回って写真を撮ったり、演奏旅行をしている方々なので、すごくお話が楽しめたのですが、最後に質問コーナーがあって、参加者からこんな質問が出たのです。

「旅の一番の楽しみは何ですか?」

そうしたらなんと二人ともたまたま同じ答えをしたのです。

「知らない人と出会うことかな。」

彼らは、知らない人と旅先で出会うことが、旅の一番の楽しみだと語ったのです。その出会いってのは決して感動的ないい思い出ばかりではありません、盗難にあったり、嫌な思いをしたりもするけれども、でもその経験こそが旅であり、その旅先での経験が自分たちの作品に返ってくるんだと。

それを聞いて僕はその瞬間思ったのでした。だとすれば、知らない人と出会うってことは、旅に行かなくても、それこそ東京の中にいて長距離移動しなくても、それこそ営業回りとかで、日々やってることじゃないか!
旅の醍醐味が人と出会うことであるなら、日々僕らは旅をしてるってことじゃないか?

そう思った瞬間から、また僕は考え方が変わりました。今までそんなに得意じゃなかった人とのやりとりも(というか今でも決して得意ではないですが)、そこに新たな発見があれば、それこそ楽しい事なんであると。中には苦手な人もいます。でもその苦手な人との付き合いも、多分旅先で外国のちょっと怖そうな街を歩いている雰囲気だと思えば、そこから学べることも多いわけです。そして人と会うことが好きになりました。いろんな人にはいろんな考えや思いや性格や個性や、それこそ話し方や会話術があり、その“いろいろ”がまさにバラエティなんだと、あれ、僕が入社したての頃“バラエティ”は“いろいろ”って意味だろって邪推したのは、実はテレビの中でのバラエティ番組ってことなのではなく、社会の中で、いろいろな人と出会って、いろんなところに行って、いろんな作品に出会って、そしてそれを自分の中に吸収して、またそんな自分がいろいろな作品を産み出すことなんじゃないか、そう思えるようになったのでした。

そしてその思いで、今は『オトナの!』という番組をやっています。日々いろいろなおもしろい方とお会いして、この上ない刺激を受けています。相変わらずそんなに休んでませんが、休むこと以上にリフレッシュしているわけです。


ky角田 陽一郎 かくたよういちろう
バラエティプロデューサー/ディレクター/映画監督

いとうせいこう/ユースケ・サンタマリアMCの深夜のTBSトーク番組「オトナの!」プロデューサー
東京大学文学部西洋史学科卒業後、TBSテレビに入社。TVプロデューサー、ディレクターとして「さんまのスーパーからくりTV」「中居正広の金曜日のスマたちへ」「EXILE魂」等、主にバラエティー番組の企画制作のほか、映画「げんげ」監督、ACC CMフェスティバル・インタラクティブ部門審査員、その他多種多様なメディアビジネスをプロデュース。著書「究極の人間関係分析学 カテゴライズド」(クロスメディア・パブリッシング刊)、編著「オトナの!格言」(河出書房新社刊)好評発売中。


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